報道部、心理実験をやってみた 「アッシュの実験」再現

 社会の中で生きていくにあたって、避けては通れない「同調圧力」。その本質を知りたくなった筆者は、部員を巻き込み、とある実験を再現することを思いついた。1955年にアメリカで実施され、「周囲に合わせて意見を変える」という人間の心理、そしてそれを引き起こす「同調圧力」の存在を明らかにした「アッシュの実験」である。(恵利一花)

実験の背景 

 手順は簡単だ。まず、直線が書かれた2枚の図=図1、図2=を参加者たちに見せる。そして、図1の直線と同じ長さのものを、図2のA、B、Cの中から選んでもらう。落ち着いて考えれば、間違えようのない簡単な問題だ。


 しかしこの実験、本当の被験者はただ1人のみで、その他の参加者は全員が実験の協力者、つまりサクラなのだ。サクラ全員がその問題に「わざと」間違えたとき、被験者が周囲に合わせて答えを変えてしまうのかどうかを検証するのが、実験の真の目的なのである。


 今回実験に参加したのは、何も知らない弊部2年のK、そしてサクラとして協力してくれた部員4名だ。1955年に行われた実験では、実に75%もの人が、同調圧力によって不正解を選択したとされている。さて被験者Kは、自らの意見を貫くことができるのだろうか。

(左)図1(右)図2

予想外の展開に

 6月某日、被験者Kとサクラ4人を招集し、実験を開始した。しかし、早くも1問目から、現場は「駄目だこりゃ」という雰囲気に包まれた。Kは、サクラたちの息のそろった誤答を気にも留めず、涼しい顔で正答し続ける。そしてついには、悠々と全問正解してしまったのである。


 実験終了を告げるとすぐに、Kが「何か仕組まれているなって、正直気付いてました」と発言し、サクラたちから笑いが起こった。Kは、アッシュの実験で示された傾向とは違い、周囲の人の誤答にまったく同調を示さなかった。それどころか、実験の意図に気付いた上で、筆者たちの「実験成功のために、同調圧力に屈してほしい」という同調圧力にさえ、屈してはくれなかったのである。


同調はなぜ起こるのか

 このような状況で周囲に同調するかどうかには、主に二つの要素が関連していると考えられている。一つは、周囲と答えが違うと、自分が間違っているのではないかと不安になるかどうか。もう一つ、自分だけ違った答えを言うことで、集団から浮いてしまうのをどの程度恐れるかである。


 実験後、Kに実験中の気持ちを尋ねると、「僕以外全員間違えているな、と思っていた」と語った。その態度の、なんと不遜なことか。どうやらKは、自分の回答に絶対の自信を持っており、それを疑うことはなかったようだ。


 そして集団内で浮くことに対する恐ろしさについても、「特に感じなかった」と回答。ただし、今回サクラとして参加してくれたのは、Kの同級生2人と、後輩2人であった。「もし、ここにいるのが全員先輩だったら、1人だけ違う答えを言うことはできなかったかもしれない」とKはつぶやく。実験のメンバーが親しい人たちだったことも、結果に影響したのかもしれない。


流されずに生きる力

 いかがだっただろうか。アッシュの実験でサクラに同調して誤答をした多くの参加者のように、人間には集団を尊重しようとする傾向がある。これも見方によっては、人間の美点と言えるだろう。


 しかしその一方で、周囲に流されず、断固として「正しいこと」を言うしたたかな能力も、人間には確かに存在するのである。その一端を、アッシュの実験で一度もサクラに同調しなかった25%の参加者や、今回の実験におけるKの態度が見せてくれている。


 今回の実験は、ほとんど素人の筆者たちが興味本位で行ったものであり、人文科学的な意味は持たない。しかし大学では、さまざまな学部、研究室で行われている実際の研究に、被験者として参加することができる。医学系の治験から、今回のような心理学の実験や、言語学、宗教学、農学系のものまで、その内容は多種多様だ。


 あらゆる学問に気軽にアクセスできることが、大学の魅力の一つである。大学へと進学した暁には、ぜひ友人と気軽に誘い合って、学びの道を楽しんでほしい。この記事が、そのきっかけになれば光栄である。